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東京地方裁判所 昭和36年(タ)18号 判決 1961年12月20日

判  決

本籍

東京都品川区上大崎五丁目六四五番地

住所

同都文京区弓町一丁目八番地

原告

山本俊太

本籍

東京都杉並区高円寺町八一三番地

住所

長野県長野市早苗町八番地

原告

五味さよ子

本籍

岩手県盛岡市大沢川原小路一二四番地

住所

東京都目黒区高木町一四六一番地

原告

山辺美佐枝

右三名訴訟代理人弁護士

伊藤利夫

田之上虎雄

本籍

東京都品川区上大崎五丁目六四五番地

住所

同所六三九番地

被告

山本銈

右訴訟代理人弁護士

平田政蔵

岡部勇二

右当事者間の昭和三六年(タ)第一八号重婚による婚姻取消請求事件について、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人等は、「昭和一一年二月十九日東京都品川区大崎五丁目六四五番地訴外亡山本実彦と被告との婚姻はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、訴外亡山本実彦はその妻訴外亡山崎美と大正九年二月二八日婚姻し爾来夫婦生活を継続しその間に大正九年七月一四日長女原告山辺美佐枝を同一〇年九月三日二女同五味さよ子を同一二年九月六日長男同山本俊太を、同一三年中二男亡河村健をそれぞれもうけた。

訴外亡山本実彦は昭和一一年二月一四日同人の妻美と協議離婚をしたとして東京市品川区長宛にその旨届出をし、同月一九日同区長に宛て被告山本銈(婚姻前の氏河村)との婚姻届をした。

二、然しながら山崎美は二男健の出生後である大正一三年一一月頃から精神分裂病を患いその頃、東京市虎の門にある精神病院に入院し加療に努めたが病状は悪化の一途をたどり大正一四年春東京市新宿区柏木町所在山田脳病院に転院した。右転院後も病状はさらに悪化し昭和八年頃には被害妾想、拒絶症、発作的興奮、対談不可能、不潔症を呈し意思能力も全く喪失するに至つた。その後も病状好転せず昭和一八年頃右山田病院の閉鎖により退院のやむなきに至り同一九年一二月二五日死亡した。右の経過から明かなとおり訴外亡実彦がした前記協議離婚の届出当時訴外亡美は全く意思能力を欠いていたものであり右協議離婚の届出は訴外亡実彦が一方的にその届書を作成してなしたものである。

三、訴外亡実彦は同美の前記入院後幼少の原告等四名の子供を相え、他方事業や政治に多忙を極めていたため、子供等の家庭教師兼家政婦として被告を迎え一緒に暮すようになつたが、その後同人と内縁の夫婦関係を結び昭和六年九月二〇日両者間の子訴外内川澄子を儲けたが、同女が小学校に上る頃となり、戸籍の都合上その他諸種の事情から被告の要求もあつたため訴外亡実彦は前記のように同美との協議離婚の届出をなして被告と婚姻したのである。猶訴外亡実彦は昭和二七年七月一日死亡した。

四、右のことから明かなとおり、訴外亡実彦と同美との協議離婚は無効であるから、右両名の婚姻中になされた訴外亡実彦と被告との婚姻(以下単に本件後婚ということがある)は重婚というべく、右実彦の実子である原告等は右重婚の取消を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、被告の本案前の主張に答えて、「民法第七四四条によれば訴外亡実彦と同美間の子である原告等が本件後婚の取消権を有すること明かである。本件後婚が取消されるならば被告は亡夫実彦の相続人たる地位を失い、原告等は被告が訴外亡実彦を相続して得た財産の返還請求権を取得するのは勿論、美と、実彦との婚姻は同女の死亡によつて解消したことになるので観念上は原告等が同女より相続した財産の範囲ないし額が異つてくるのであるから原告等は本件重婚取消につき利害関係を有するものである。」と述べ、被告の本案についての主張に答えて、

「一、本件協議離婚は。訴外亡美に離婚意思も離婚届出意思もないのに同人不知の間に作成提出されたその届出書に基くものであるから当初から絶対的に無効であり、従つて本件協議離婚の無効の主張は被告主張のように確定判決をうる必要なく本件重婚取消訴訟の先決問題として主張し得べきである。

二、前婚の相手方配偶者が死亡して前婚が解消すれば後婚を取消すことができなくなるとの被告の主張も失当である。重婚者が死亡し前婚、後婚共に解消した場合においても、重婚であることを理由に後婚を取消しうることは民法第七四四条第一項但書から明らからである。重婚取消の訴は、違法な重婚関係から派生し乃至はこれに伴う現在の具体的法律関係を整序形成するものであつて、殊に重婚者の死亡により後婚の配偶者が重婚者の財産を相続しているのを覆えしその相続権喪失の効果を生ぜしめるものである。従つて重婚者の死亡によつて、前婚後婚共に解消していても尚重婚の取消を許さなければならない必要がある。

前婚が重婚者の死亡以前にその相手方の死亡によつて解消した場合でも後婚の重婚たる瑕疵は治癒されることなく、取消しうべきものであることは、前述のとおり重婚者の死亡による後婚の解消と、重婚取消による解消とでは、重婚たる後婚の配偶者の相続権の有無という大きな相違を来すことからも明らかである。前婚が離婚によつて解消した場合に重婚取消権が消滅するとの説があり、その理由とするところは、重婚者が離婚の上改めて婚姻すれば重婚取消権が消滅するから同じことだというにあるが、前婚離婚直後に重婚当事者の一方が死亡した場合を想定すれば、正当な相続人にとつて同じだとはいいきれないのである。

従つて前記訴外亡美、同実彦の死亡は原告等が本訴で主張する実彦と被告との重婚の取消権を消滅させるものではない。」と述べた。

被告訴訟代理人等は本案前の答弁として「本件訴を却下する。」との判決を求め、その理由として、

「原告等には本件訴提起の利益がない。即ち訴外亡美の死亡により同女の遺産を同実彦及び原告等が相続し、右実彦の死亡により被告及び原告等がその相続人となつたものであり、実彦と美との協議離婚が無効であるとしても、被告の実彦に対する相続権は失われることなく、従つて美及び実彦の死は原告等の身分及び財産関係に何等影響を及ぼすものではないからである。」と述べ、

本案につき主文同旨の判決を求め答弁として、

「一、原告等の請求原因一の事実は認める。同二の事実中原告等主張の日に訴外美が死亡したことは認めるがその余の事実は争う。同三の事実中訴外亡実彦と被告との間に訴外内川澄子が出生したこと、原告等主張の日に訴外実彦が死亡したことは認めるがその余の事実は知らない。

二、訴外亡実彦と同美との協議離婚は無効ではないから然らざるを前提とする原告等の請求は失当である。すなわち、

(一)  本件協議離婚は旧法当時に行われたものである。旧法においては現行民法第七七〇条第一項第四号に相当する規定なく、精神病を原因とする裁判上の離婚は認められていなかつた。右は立法上の不備であつて、かかる場合は戸主の意思によつて離婚できると解さなければならない。旧法は戸主に家族の身分上の契約について同意権を与えて家族を保護させているが、本件のようにその家族(過去において家族であつた者又は将来家族となる者も含む)が意思表示をすることができないときには戸主がこれを代理する権限を有したものと考えなければならない。仮に右代理権が認められないとするならば戸主自らの意思表示によつて将来自己の家族となる者の離婚承諾権を有するものと解さなければならない。戸主は家族に対し扶養の義務があり居所指定権、婚姻同意権、復籍拒絶権があることから考えて以上の通りに解するのが旧法の正しい解釈としなければならない。本件においては訴外亡美、復籍すべき家の戸主訴外山崎良一が右離婚を承諾していたから本件協議離婚は適法である。

(二)  仮りに右主張が容られないとしても訴外亡実彦に離婚意思があつたこと、同美に意思表示能力があつたならば同人も右離婚に同意したと推測すべき状況にあつたこと、本件協議離婚届に署名押印した証人二名も離婚が相当であると認めた故に右署名押印したものであること等の事情から見て本件協議離婚が法律に違反し無効であるとの主張は認容すべきものではない。

三、仮りに訴外亡実彦と同美との協議離婚が実体法上無効であるとしても原告等は右の無効を主張しえない。すなわち

(一)  右協議離婚は美に離婚意思が欠如していたという瑕疵を有するにすぎないから、右協議離婚は当然無効でなく、いわゆる形成無効たるにすぎないというべきである。従つて未だ右協議離婚を無効とする確定判決がない本件においては、原告等は右協議離婚の無効を主張できない。

(二)  仮りにそうでないとしても訴外亡美の死亡当時原告美佐枝は二四才同さよ子は二三才、同俊太は二一才であつていずれも成年であつたから右無効の主張は同女の生存中になすべきであつた。しかるに同女の死亡後なお七年間生存していた訴外亡実彦をも相手方として右無効を主張せずに同人の死亡後にその主張することは身分法の安定性のために許されないことである。原告等が本件協議離婚の無効をその父母生存中に主張しなかつたのは訴外亡実彦が本件協議離婚をするに至つた事情が、原告等の監護のためと、訴外亡美が精神病者であることが判明した場合には原告等の婚姻の障害となることを考慮し、同女の存在を隠匿するために行われたことを原告等が知悉しており原告等が本件協議離婚により利益をえているからに外ならない。それを今になつて主張することは権利の濫用として法の認めないところである。

(三)  さらに本件協議離婚が無効であるとしても、その旨戸籍を訂正しないかぎり、本件後婚が重婚となるものではないから原告等はその取消を求めることはできない。

(四)  仮りに以上の主張がすべて認められず本件協議離婚が無効であり本件後婚が重婚となるとしても、訴外亡美が昭和一九年一二月二五日死亡したことによつて前婚が解消したのであるから右美の死亡以降本件後婚は瑕疵なきものになつたというべきであるからその取消権は消滅したからその取消を求める本訴請求は許されるべきでない。」と述べた。

証拠(省略)

理由

先ず被告の本案前の主張について

被告は原告等には被告本件訴を提起しうべき利益がない旨主張する。しかしながら重婚による婚姻の取消の訴を前婚より生れた子が提起しうべきことは民法第七四四条の規定上明らかであるばかりでなく原告等主張の原告等、実彦及び被告間の身分関係の下に於て若し被告と実彦との婚姻が取消されるとすれば実彦死亡の時において右両名の婚姻が解消されたこととなり、原告等は民法第七四八条に則り被告に対し右相続によつて得た利益の全部又は一部の返還を請求しうべきであるから、原告等は本件訴につき現実の財産上の利益も有することは明らかであるから被告の右主張は排斥を免れない。

本案について

(一)  証拠を綜合すると原告等の請求原因一ないし三の事実をすべて認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の通り訴外亡実彦と同美との協議離婚は美の意思に基かず実彦に於て美に無断でその届出書を作成し、これを東京市品川区長に提出した結果之に基いてされたものであるから無効といわなければならない。

被告は右協議離婚が適法有効である旨主張し、種々な理由を説述しているけれども右は独自の見解に立脚したものであつて、到底認容することはできない。

次に被告は右協議離婚は訴外亡美に離婚意思を欠如したという瑕疵を有するにすぎなくかかる場合右離婚は所謂形成無効たるに止まり何人もこれを無効とする確定判決なくして他の訴訟の先決問題などとして右の無効なることを主張しえない旨論ずるが本件の事実関係は前記認定のごとく訴外亡実彦が同美に離婚の意思も離婚届の意思もないのに恣に一方的に右離婚届書を作成提出した場合であつて、かかる場合は右離婚は当然無効であつて何人も何らの手続を要せずして右無効を主張しうると解すべきであるから被告の右主張は採用することができない。

次に被告は事実摘示三(二)のごとき理由を述べて、原告等が本件協議離婚の無効を主張することは権利の濫用である旨主張し右摘示の事実は前掲各証拠により之を認めることができるが右事実及びその他本件に現れた総ての事実を考えても原告等が本件協議離婚の無効を主張することが権利の濫用であるということはできない。

さらに被告は仮りに本件協議離婚が無効であるとしても、その旨戸籍を訂正しない限り重婚関係は生じない旨主張するが、協議離婚の無効はその旨戸籍訂正をする迄もなく、当該婚姻が継続している効果を生ずるものであつて、その届出は単なる報告的届出に過ぎず、戸籍訂正前においても、本件協議離婚の無効を前提として本件後婚が重婚である旨主張することを妨げるものではない。

(二)  そうすると訴外亡実彦と同美間の昭和一一年二月一四日付届出による協議離婚は無効であつて右両名の婚姻関係(前婚)は右届出につては解消されなかつたと認めざるをえないから、その後同月一九日右実彦と被告との間に成立した婚姻(後婚)は右前婚に重畳する違法な婚姻といわなければならない。しかしながら前認定によれば右前婚の当事者たる美は昭和一九年一二月二五日死亡し前婚はこれと共に解消となつたが、実彦及び被告はその後も夫婦生活を営み昭和二七年七月一日実彦が死亡するまで右後婚関係が存続したことが明らかであるところ、かように前婚がいまだ解消されないうちに後婚が締結されたがその後前婚が結局解消となつたのちも依然後婚が続けられた場合に、なお右後婚を取消すことができるか否かについては検討を要するところである。

思うに民法第七四四条は婚姻が同法第七三一条ないし第七三六条に違反する場合には、これが取消を求めうべき旨の原則的規定をおき、そのうち第七三一条第七三三条違反の婚姻については同法第七四五条七四六条において右取消権が消滅する旨を定めているが、重婚(第七三二条違反)についてはかかる規定を設けていないことから見れば、右問題は一応積極に解すべきようにも思われる。しかしながら民法第七四四条に対して右第七四五条及び第七四六条を設けた実質的理由及び同様に取消権の消滅を定めた同法第七四七条第二項の立法趣旨が婚姻の取消によつて招来される結果の重大性にかんがみ当初法規に違反して結ばれた婚姻であつても、その後の日時の経過又は事情の変更などによつて当初の瑕疵にも拘らず取消しえなくなるものとして右婚姻の安定を確保しようとの配慮に出でたものであることに徴すると、右第七四五条第七四六条ないし第七四七条第二項は必ずしも制限列挙的規定であるとも思われず、これらに規定されていない場合でも同様の配慮を必要とすべきときには右法理に則り婚姻の取消権が消滅するものと解するのを相当とせざるを得ない。本問において前婚の解消前に結ばれた後婚は一夫一婦制の原理に背馳して違法であるが、右違法は該婚姻が前婚に重畳するということ自体によつて然るのであるから、前婚が解消されたのちには後婚の違法性は爾後将来に向つて払拭されたものと観ることができること、勿論かくはいつても右後婚が前婚の存続中違法であつたという性格は残存するのであるが、一たん重婚の禁を犯したものといえども婚姻の自由を失うものでなく前婚の相手方当事者その他から後婚が取消されたのち前婚の相手方当事者と離婚し又は前婚の相手方当事者が死亡するなどして右前婚が解消されるならば適法に右後婚の相手方とも婚姻することができることは否定えないから右残存する性格の点を余り強調することはできないこと、実際的に考えても若し右治癒を認めないとすると後婚の当事者は前婚解消後一旦離婚の手続をなして改めて婚姻届をなす途を選ぶことになろうがこれはひつきよう無用な手続をとらせるとの感を免れえないこと、その他前述した婚姻の安定の要請などに照すと、前婚が重婚者の相手方当事者の死亡又は離婚などによつて解消されその後も後婚が存続した場合には、右解消の時から将来に向つて右後婚の違法性は治癒され、もはや後婚を取消すことはできなくなるものと解するのが相当である。これに反する原告等の主張は採用できない。

従つて本件において訴外亡実彦と、同美との前婚は同女が昭和一九年一二月二五日死亡したことによつて解消し、右美の死亡後訴外亡実彦と被告との後婚は重婚たる瑕疵がなくなりその取消は許されなくなつたものというべきであるから被告の主張は理由がある。

よつて原告等の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一部

裁判長裁判官 高井常太郎

裁判官 渡 部 保 夫

裁判官 柴 田 保 幸

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